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妊婦写真、子供写真撮影のライフフォトブログ
カメラマン先浜恵理子によるlifePhoto blog。妊婦さんや赤ちゃん、夫婦、家族、結婚式の出張撮影をしています。2008年4月に744gの超未熟児で生まれた娘「ももちゃん」の成長日記もおりまぜつつ、日々の撮影記録です。
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メイク撮影
IMG_5950.jpg


結婚式の撮影で一番好きなシーンはメイク撮影です。


メイクルームでの
新郎と新婦の会話を聞くことで
ふたりの関係性がよくわかったり、
ご家族が出入りすることで
いつもは見られない柔らかい表情が見られたり。
その短い時間の中で、いろいろなものが見えてきます。


ひとつの物語の幕があく時のような
静かな高揚感があります。


そして「花嫁」になった瞬間の彼女の心が
写真にうつり込んだ時、快感を覚えます。
自然と胸があつくなる瞬間でもあります。

IMG_5964.jpg


「あ~よかったねー」と心の中で
母になったような歓声をあげてしまいます。


IMG_5985.jpg


それと同時に、自分の心のスイッチもONになり
「よし、絶対いい写真を撮ってやる!」
とムキになってしまうのです。


IMG_6019.jpg


結婚式の写真というものは
その日になってみないとどんな写真が
残せるか予想もつきません。
だからとても緊張するし、前日は
プレッシャーで胃が痛くなったりします(笑)。

でも、だからこそ撮影後の
充実感は何ものにも代えられません。

自分のフィルターを通して
その家族にとって特別な一日を切り取るという作業は
何度やっても飽き足らず、やりがいのある仕事です。


退場をする時に、誰よりも深くお辞儀をしていた
お父様の姿がとても印象的でした。


IMG_6440.jpg


「ありがとう」と何度も言いたくなるような
先日の素晴らしいパーティでした。


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またね
書くかどうかとても迷いましたが
私にとってはやっぱり重要なできごとだったので
書くことにします。とてもつらいことではありますが。


先日、父が急に亡くなりました。
何だかまだ信じられないような
信じたくないような


「やだな、本当だったら」
なんて
子供のように
ダダをこねるように
自分の中ではまだ心の中が
ざわざわしています。


母が倒れている父を見つけた時には
すでに息をひきとっていました。
あっけなく逝ってしまいました。
まるで眠っているかのように
安らかでやさしい顔をして。



仕事一筋だった父は、
私が生まれる前から会社をおこし
常に世界を飛び回っているような人でした。


家では寡黙で厳しい父でしたので
子供の頃は姉とよく正座をさせられ
お説教されたり、怒鳴られたり
とにかく「こわい父親」でした。


前日にどんなに遅く帰っても
朝は7時に家族で食卓を囲み
玄関まで父を見送りに行くのが
我が家のルールで、帰ってきたら
父がソファに座るまでにビールをあけ
コップに注いで用意しておくのが
私たちの日課でもありました。


娘たちの子育てには
あまり関心のなかった父でしたが
最近は孫娘たちをとても可愛がり
「子育てってこんなに大変だったんだなあ」
なんて、以前の父からは考えられないような
優しい顔つきになっていました。


私が大学を卒業し、就職難でひとり悩み
追いつめられていた時、「おい、飲みにいくぞ」と
突然言われ、叱られるのではとドキドキしながら
小料理屋へと連れられて行った事がありました。


ビールを一口飲んだ後、開口一番
「誰がお前をOLになるような娘に育てた!」
と怒鳴られました。私は言っている意味がわからず
ただただおびえていたのですが、大学を出て
就職することだけを目標にしてしまっている
私の姿に苛立ちを覚えていたのだと思います。


「お前が好きな事で食べていけるまで応援できない父親だと
でも思っているのか?世界でも行って生きて行く術を身につけて
帰って来い!」と厳しい口調ではありましたが、その言葉によって
私がみていた小さな穴が、急に巨大な穴になった気がしました。



そして、その夜私はアメリカに行く事を決めました。



あの父の一言で、私の人生はかわりました。
父が導いてくれたおかげで、私は好きなことで生活ができるようになりました。



だからもっともっと恩返しをしたかったけれど。
父が毎年かかさずに家族を旅行に連れて行ってくれたように
これからたくさん父に親孝行をしたかったけれど。



父の洋服箪笥を整理していると、
私たちが誕生日にあげたポロシャツが出てきたり、
来週もその次の週も予定が書いてある手帳を見つけたり、
そんな時にふと寂しさがこみ上げてきます。



父はこわい存在だったけれど
私たち家族は常に「父を喜ばせたい」という
気持ちでいっぱいだった気がします。


会話は少なかったけれど
誰よりも家族のことを心配し
愛してくれていたと思います。


さよならも言わずに
誰にも迷惑をかけずに
逝ってしまったのは
父らしい最期だったかもしれません。


私が無事に出産できるかわからない時
分娩室に来て、一言だけ「頑張れよ」と
言って帰って行った父の声が今でも忘れられません。


父が導いてくれた道で
これからも努力して
いい写真を撮っていくことが
私がこれからできる親孝行だと
思うので、


父のように、人生を精一杯生きていきたいと思います。


この場をお借りして、父が生前お世話になった方々、
葬儀に参列していただいた方々、
また励ましのお言葉やメールを送って下さった方々に
心から感謝申し上げます。


人はこうして人に支えられて
世の中はこうして成り立っていて
人間はこうして次の世代にバトンタッチ
されていくんだなあ、なんて
いろいろなことを考えさせられました。



これからまた
たくさんの気持ちがこもった
家族の写真が残せるように
日々、精進したいと思います。
頑張ります。


父上、またね。


5912.jpg







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